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   2010.01.17

隣の家が解体工事を始めた。
ガッション、ガッションと五月蠅いし振動も伝わってくるもんだから
早々に目が覚めた。正直勘弁してくれ



今日は民法のお勉強をしに学校へ。
初めは100人超いた公務員講座もいまでは十数人になってしまいました。
寂しいものです。
ついでにものっそい不安です。
「みんな隠れて勉強しまくってるんじゃないだろうか」
「つーか来ない奴とか絶対油断させるつもりだよ!」
とか思ったり。
視えない敵と戦うのはもう疲れたんだお・・・。

それにしても
講座が6時15分に終わるのに次のバスが50分にしか来ないってどういうこと?


↓15年

小学校入学の時。
体育館は避難民の方でいっぱいだったので
入学式はテントの中で行いました。

校庭には水と食料をもらうために長蛇の行列ができ
僕もポリタンクを持って並んだことを昨日のことのように覚えています。

隣のおばちゃんがくれたチクワがうまかった。
災害時なのに親父と見知らぬ人が笑いながら話をしていたのが印象的だった。
自衛隊のおっちゃんがクレヨンしんちゃんの絵本を「もってかえっていいよ!」
と言ったのを覚えてる。
周りの建物が全て倒壊したのでベランダに出るとやけに見晴らしがよかった。

小さい頃は何が起きてたのかよく分かってなかったのだと思う。
急にベットが揺れて、大きな振動があったことぐらいしか理解できなかった。
ただ、西の空が赤かったのはよく覚えてる。

三日間ぐらい学校に避難した後、祖母の家に行った。
神戸が復興するまで滞在していた祖母の家は非常に古い家で
調度品等もかなり古めかしかった。
そんな環境だったのだろうか、夜になりみんなが寝静まると決まって僕は目覚めてしまい
奇妙な光景を見るようになった。

額縁の中の花がユラユラと風に吹かれたように動いたり
コケシがにっこりと表情を歪ませ、体を回転させたり
彫像がこちらに向かってブンブンと腕を振ったり
とまるで百鬼夜行のような様を毎日僕は魅ることになった。
だが僕は不思議とそれを気味悪がったり、面白がったりするようなことはしなかったようだ。
ただ寝れるまでその様をジッと見てる
否定する訳でも肯定する訳でもなく、ただ見ているだけだった。
これは僕が特別ということではなく
殊更に鈍感だったことに起因するのだと今になって思う。

ふりかえれば、震災で疲れて幻覚を見ていただけだったのかもしれないし
もしかして子ども故に何か感じ取れるものがあったのかもしれない。
どちらにせよその家はもう無いし、それ以来その怪奇現象は見ることがなくなった。

大きな揺れ
テントで行った入学式
倒壊した家屋
散らばった家具
燃える空
人々の行列や表情
揺れる絵

これぐらいしか思い出せることはないけど
なるべく忘れないようにしてます
何故か忘れたくないのか?
それは僕にもわかりません。
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